ホーム > おいしい豆知識 > 歴史上の人物と漬け物との関わり

歴史上の人物と漬け物との関わり

伝統的な健康食品である漬け物は、古くから日本人の暮らしに根づいてきました。とりわけ、今日の漬け物文化の基礎を築いた室町時代から江戸時代にかけては、歴史上の人物とのエピソードが数多く伝わっています。


徳川家康と奈良漬け
江戸幕府を開いた徳川家康は、大の奈良漬けファンだったようです。江戸時代の書物によれば、豊臣氏と戦った大阪夏の陣でのこと、奈良の糸屋宗仙という者から献上された奈良漬けを食した家康は、その風味のよさに感激。戦いの後、江戸に戻ってからもその味が忘れられず、ついには宗仙を奈良から呼び寄せ、奈良漬けつくりの幕府御用商人にさせたということです。

河村瑞軒と刻み漬け
河村瑞軒は江戸時代初期の人で、明暦の大火(1657年)のとき、木曽の木材を買い占めて財を成し、東北の米を江戸に輸送する海路を開いたことでも有名です。その瑞軒が故郷の伊勢を出て江戸に上京してきたときのこと。精霊流しできゅうりやなすが川に流されているのを見て「もったいない」と思い近所の子供を使って拾い集め、それを刻んで塩漬けにして売り出したところ、普請場の人夫などに飛ぶように売れ、成功の足がかりをつかんだということです。


上杉鷹山と大根漬け
上杉鷹山は江戸時代の米沢藩の藩主です。困窮した藩の財政を産業の振興に力を注ぐことで立て直したことで知られています。その上杉家では、年始の祝膳に大根漬けの厚切りを一切れつけるのが代々のならわしでした。一切れ(人切れ)の心意気を忘れないことが功の者(香の物)につながるというわけです。ところが、ある新参の料理人がうっかり薄切りの大根漬けを出してしまい大問題になったのです。そのとき、鷹山は「今は平穏な時代であって人切れなど物騒なことは忘れ産業の振興に努めることが大切」と家来を諭し、さらに人望を高めたと言われています。

澤庵和尚とたくあん
大根の糠漬けは一般的に「たくあん」と呼ばれています。これには諸説があるようですが、江戸時代の書物「物類称呼」によれば「たくあん漬けの名は、武州品川、東海寺開山の澤庵禅師、初めて製し給う、に依ってたくあん漬けと称する」とあります。この澤庵和尚は、安土桃山時代から江戸時代にかけての名僧で、紫衣事件では責任を問われ出羽(山形県)に追放されたこともありますが、将軍の信任が厚く品川東海寺の開祖となった人物です。墓石にも、漬け物石によく似た丸い石が使われているそうです。


※参考文献:小川敏男緒「漬物と日本人」